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名古屋高等裁判所 昭和41年(行コ)6号 判決 1967年9月14日

控訴人・原告 西尾弘

訴訟代理人 伊藤泰方

被控訴人・被告 名古屋国税局長 外一名

訴訟代理人 松沢智 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人名古屋国税局長が控訴人に対し昭和三九年七月三〇日付でなした昭和三七年度分所得税更正処分に対する審査請求を棄却した裁決は、これを取消す。被控訴人名古屋中税務署長が昭和三九年三月三日付でなした控訴人の昭和三七年度分所得税の課税総所得金額を金三六一万五、九〇〇円に更正した処分並びにこれにともなう過少申告加算税及び重加算税賦課処分は、これを取消す。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び書証の認否は、左記の外原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

控訴人はいわゆる中小企業者である。控訴人の本件手付金損失が事業目的のためのものであり、個人生活のためのものでないことは明らかである。控訴人が残代金を調達できず、ついに手付金没収のうき目にあうに至つたのは、当時の政府の中小企業政策にもとづく経済的金融状勢の所産であつて、控訴人の怠慢にもとづくものではない。損をした上その損に対して税金を取られることは不合理で、このような不合理を認める実定法上の根拠は全くない。

(被控訴代理人の陳述)

一、控訴人の本件手付金損失が控訴人にとつて終局的に経済上の損失であることは一応是認されるが、それは直接的には不動産売買契約にもとづく支出であつて、控訴人の事業と直接には関係のない独自の経済的支出であるから、右支出が直ちに控訴人の主張するように事業上の損失にあたるとはいえない。

二、仮に、本件手付金損失が、控訴人主張のように事業上の損失にあたるとしても、改正前所得税法(昭和三八年法律第五五号により改正される以前の所得税法、以下単に所得税法という)上事業所得から当然控除されるものでない。本件手付金損失が所得税法上事業所得から控除されるものとして定められた経費又は雑損失にあたらない限り、本件手付金損失は控訴人の事業所得より控除されないものである。そして、本件手付金損失が所得税法第一〇条第二項に掲げられた経費に含まれないことは明らかであるし、又本件手付金損失についてこれを必要経費として取扱う旨の特別の規定もないから、本件手付金損失は所得税法上事業所得から控除される経費にあたらないものというべきである。又本件手付金損失が所得税法上事業所得から控除される雑損失にあたらないことは所得税法上明らかである。

理由

当裁判所も控訴人の請求は棄却さるべきものと判断し、その理由は、左記の如く附加する外原判決理由に説示するとおりであるから、これを引用する。

一、仮に、本件手付金損失が控訴人の主張するような事業上の支出であるとしても、そのことから直ちに所得税法(昭和三八年法律第五五号による改正前のもの)上事業所得より控訴されるべきものではない。右控除の対象となるものは、所得税法に定めた必要経費及び雑損失に限ることはいうまでもない。

(1)  本件手付金損失については所得税法上なんら特別の規定がないから、本件手付金損失は所得税法第一〇条第二項の必要経費にあたるかどうかがまず検討されねばならない。手付金損失が、同条項に例示したものにあたらないことは明らかであるから、同条項の包括的必要経費の規定即ち「当該総収入金額を得るため必要な経費」にあたらない限り、所得税法上必要経費として事業所得より控除されないわけである。そして、ここにいわゆる必要経費とは当該収入を得るために必要な費用であるかぎり、売上原価などのような直接の費用であろうと、販売費や一般管理費などのような間接の費用であろうとすべてそのうちに包含されるけれども、それはあくまでも直接間接の費用に限定されるのであつて費用にあたらないものは包含されない趣旨と解しなければならぬ。(昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正後の所得税法第三七条の解釈も同趣旨とおもわれる)。ところで手付金損失のごときものは皈するところ、手付金返還請求権の喪失ということ以外に何等の意味をもたないのであるから、その喪失の理由がどうあろうとも所得をもたらすための必要ないし有益な費用とはとうてい解せられない。本件手付金損失がいわゆる必要経費に該当しないことは多言を要しない。

(2)  本件手付金損失が所得税法第一一条の四の雑損失にあたらないことは原判示説示のとおりである。

二  本件手付金損失が控訴人のいうように法人税法上損金に算入されることは首肯できる。しかし、個人(自然人)の事業所得は「私経済の総合主体」である個人の総合所得の一環として把握され、したがつてそれは消費生活を予定することを要しない「私経済の部分主体」である法人の所得とは概念構成の上において自ら別個な考慮が払われているのであつて、その意味において所得税法における事業所得計算上の必要経費を法人税法における損金と必ずしも同一に定め得ないのである。すなわち自然人と法人との間にすでに本質的な相異がある以上、その相異にもとづき所得税法と法人税法との間において事業所得の計算上の相異が生じたとしても、それは結局立法技術及び国の租税政策に由来するものというほかはない。

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 成田薫 裁判官 布谷憲治 裁判官 黒木美朝)

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